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かんたん歴史

三十三間堂の歴史を簡単に解説

三十三間堂をご存知ですか?

この記事を見つけたということは少しだけは知っているのだと思います。

三十三間堂は、千手観音が大量に祀られているということで有名です。

こういった古くから歴史のある建造物を知ろうと思っても、難しい文献ばかりでなかなか簡単に把握できないですよね。

ここでは三十三間堂に関する歴史を知っておいて損のないものだけに限定して簡単にまとめました。

三十三間堂とは

元は後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂で、正式名称を蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)と言います。

京都府京都市の東山区にある仏堂です。

同じ京都市東山区に天台宗妙法院というのがありますが、そこの境外仏堂だそうです。

千手観音がたくさん祀られているのはご存知だと思いますが、現在、何体の観音様があるかは知っていますか?

三十三間堂に祀られている千手観音の数

現在は997体。本来、全部で1002体です。

元々は座像1体が本尊。左の仏壇に500体、右の仏壇に500体。あと、本尊の後ろに1体。

計1002体だったのですが、現在は奈良に1体、京都に1体、東京に3体貸し出されており、三十三間堂におかれている仏像は997体です。

三十三間堂が建った簡単な歴史

1160年前半頃、後白河上皇が平清盛に命じて建設したのがこの三十三間堂です。

第77代天皇として即位した後白河上皇は3年で天皇の座をおり、上皇として御所を建てて暮らしていました。

その御所の敷地内にこと三十三間堂が建てられました。

しかし、80年後、火事により焼失。

その後、早い内に後嵯峨上皇によって再建されました。

以降、丁寧に扱われ、室町時代の足利義教によって本格的な修復が行なわれます。

何故千手観音が1000体も?

何故、千手観音が1000体も祀られたのでしょうか。

インターネット上に有力な情報がありましたのでご紹介します。

千手観音は、人々を迷いから救い、悟りの境地に導くという願いをもち、それを千本の手で表しているのです。
本尊の「千手観音(座)像」には、手が40本ついています。
1本の手が25の世界を救う力を持っていると考えられていますから、40の手はその25倍、つまり1,000を救う力をもつことになります。
さらに、左右と後ろに同様の立像を備えていますから、その力は1,000×1,001で無限を意味します。

まとめ

正式名称を蓮華王院本堂。

1160年代前半に後白河上皇が平清盛に命じて建設されたとされ、80年後には一度焼失してしまっています。

すぐに後嵯峨上皇によって再建されてからは、大切に扱われ現代に残っています。

あと150年くらいで、三十三間堂が出来てから1000年にもなるんですね。

POSTED COMMENT

  1. 京都が好きの介 より:

    分かりやすい説明を有難うございます。一度消失した建物を誰が再建したのか知りたくて検索しました。京都には沢山の再建された有名な建造物が有り、そこには豊臣秀頼や徳川家光などの名前が出てきます。権力の威厳を示す為とも言われていますが、果たして本心は?そんな部分に興味がある私です。

    • TAIJI TAIJI より:

      コメントありがとうござます!
      このあたりの歴史のこと、すごくお詳しいですね。
      おっしゃる通り、自分にはこんなことまでできるんだと、誇示するというのもわかります。

  2. 匿名 より:

    いいですね-

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