東大寺が建った歴史を簡単に解説

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東大寺は奈良県で有名なお寺としては一番と言っていいのではないでしょうか。

シカがいたり。大きな大仏がいたり。

大仏の鼻の穴のサイズの穴が柱に開けてあったり。

鯉に餌を上げることが出来たり。

僕個人としては、2回くらいしか足を運んでないですが、
敷地の広さ、シカの多さ、大仏の大きさは印象に残っています。

今回はその東大寺が建った歴史について簡単にまとめました。

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東大寺が建った歴史

東大寺を建てた人は聖武天皇

東大寺の歴史をまとめるにあたって、まずは建てた人からご紹介です。

東大寺を建てた人は聖武天皇と言われています。

この聖武天皇とは文武天皇の子供でしたが、早くして父とは死別してしまいます。

その影響からか母親も心の病に臥せってしまったため、
幼少の頃は母親とも離れて暮らすという寂しい人生を送っていました。

天皇に即位したのは24歳の時。722年頃のことです。

その後、仏教の力を信じていた聖武天皇は国分寺や東大寺を建てていくのでした。

東大寺が建った歴史

東大寺の起源となったモノが、『東大寺要録』、『続日本紀』という書物に書かれています。

それは、東大寺の元になったのは733年に建設された金鐘寺と呼ばれるお寺だということです。

この金鐘寺が起源とされているという説は、東大寺要録に書かれています。

さらに、金鐘寺の起源となったものとしての話が続日本紀にはあります。

聖武天皇とその奥さんの間には子供がいましたが、その子は幼くして無くなってしまいました。

幼い子の供養のために、728年に9人の僧侶を集め若草山麓に住まわせることにしました。

その土地が金鐘寺が経つ場所の近くにあったことから、その建物が東大寺の前身なのではと言われています。

大仏の製造開始

かなり年月の経った747年。大仏の鋳造が始まります。

大仏が出来上がってから大仏殿の建設を始めたことにより、完成したのは758年のことでした。

大仏を作り始め、完成するまでに11年の歳月が建っていました。

簡単にまとめる

東大寺を建てたと言われている人は、聖武天皇です。

彼は妻との間に子供がいましたが、その子供は幼くして亡くなってしまいます。

その子供を供養するために若草山麓に9人の僧侶を住まわせたのが、東大寺の始まりと言われています。

その後、金鐘寺が建てられ、大仏の鋳造が始まりと東大寺は大きくなっていきました。


東大寺について

所在地とアクセス

東大寺の所在地は「奈良県奈良市雑司町406-1」だそうです。

駐車場としては

奈良県営大仏前駐車場(有料)
奈良市水門町南院畑82(南大門南側)
TEL/0742-22-5025
※行楽シーズンはバス専用になることもあります

GSパーク東大寺西大門駐車場(有料・無人)
奈良市押上町6-1


この二つが公式として紹介されています。

公共交通機関

JR大和路線・近鉄奈良線「奈良駅」から市内循環バス(外回り)「大仏殿春日大社前」下車徒歩5分
または市内循環バス(外回り)「氷室神社・国立博物館」バス停下車、徒歩約5分
●神戸・三宮からお越しの方(最速時間)
阪神なんば線「三宮」~近鉄奈良線「奈良駅」約80分
阪神なんば線「三宮」~近鉄奈良線「大阪難波駅」約40分
近鉄奈良線「大阪難波駅」~近鉄奈良線「奈良駅」約40分

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