郡上八幡城「天空の城」の歴史を簡単にまとめました

天空の城ブームが来ていますが、TAIJIの地元近くにある郡上八幡城もその一つとして有名になりました。

天空の城◇郡上八幡城


しかし、お恥ずかしいことに、地元にあると言っても、郡上八幡にお城があるということはしっていましたが、その歴史に関しての話は詳しく知りませんでした。

郡上八幡にいるとお城はすぐ近くに見えるので、すごく身近に感じられます。

今回は、その郡上八幡城について、歴史を簡単にまとめました。

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郡上八幡城建設の歴史

お城を建てた人

お城建築には2人の人が関わっています。

1人目は「東氏(とうし)」

2人目は「遠藤盛数」

「東氏」はもともと郡上一帯を支配していました。

その東氏は東殿山に東殿山城という城を。

また、「遠藤盛数」は牛首山、今は八幡山と呼ばれる山に砦を築いていました。

この2人の対立が、郡上八幡城の誕生のきっかけです。

お城建設の歴史

遠藤盛数は東殿山城地域の乗っ取りを考えていました。

その城を落とすために牛首山に砦を築いたのです。

1559年にとうとう遠藤盛数によって東殿山城は落とされ、その後は遠藤盛数が郡上一帯を支配していました。

その、郡上を征服するために築いた砦の跡地に、お城を建てたのが、郡上八幡城の始まりとされています。

郡上八幡城建設後の歴史

郡上八幡城の大改修

1588年、郡上八幡城は大きな改修工事を行いました。

当時の城主は「稲葉貞通」といいます。

内容は、多くあるので、下記で箇条書きにします。
  • 本丸に天守を作る
  • 塀を増設
  • 倉庫を増築
  • 二の丸の増築
  • 濠(ほり)を掘作る
また、この改築が郡上八幡城の基礎となりました。

廃藩置県によって廃城

明治維新。明治時代になると廃藩置県によって、お城は人の手を離れます

さらに、お城が使われなくなった翌年の1870年には、石垣だけを残して、お城は取り残されてしまいました。

現在の天守は模擬天守

廃藩置県によって廃城になったお城は、そのまま石垣だけを残し、約60年そのままで放置されました。

しかし、昭和時代に入り、1933年にお城は再建されます。

そのお城が現在、観光名所になっています。

郡上八幡城の豆知識

模擬天守としては全国的にも珍しい木造

昭和8年の1933年に再建されたお城は、木で作られています。

観光用や、再建で建てられたお城の中で木造のお城は大変珍しいそうです。

さらに、現存する木造再建のお城の中では、最古とされています。

天空の城ブームで一躍有名

天空の城としては、兵庫県にある「竹田城」が有名です。

そのブームで、郡上城も有名になりました。

条件が良いと郡上城の城下に霧が立ち込め、まさに雲の上に浮かんでいるように見えます。

一度は参加したい郡上踊り

岐阜県の郡上には郡上踊りという民謡があります。

これは、よく盆踊りとして使われており、TAIJIの地元でもお盆になると郡上踊りを踊っています。

さらに、「徹夜踊り」というものがあり、寝ずに踊り続けることが出来るイベントが夏に行われています。

検証「郡上おどり」徹夜は本当か!タイムラプス版



まとめ

郡上一帯は昔、「東氏」という人が支配していました。

その権利を得るために攻めてきた「遠藤盛数」に郡上は奪われてい舞います。

その際に「遠藤盛数」が使った砦が、今の郡上城の起源とされています。

今現在建っているお城は、廃藩置県により取り壊されてしまったお城を昭和時代に再建されたものです。

郡上八幡城のご紹介

営業時間

通常:9:00〜17:00
6月〜8月は8:00〜18:00
11月〜2月は9:00〜16:30

入場料

大人:310円
小・中学生:150円
*その他、団体割引や他施設との共通券があります。

アクセス



住所:岐阜県郡上市八幡町柳町一の平659

長良川鉄道・郡上八幡駅からタクシーで15分

東海北陸自動車道・郡上八幡ICから約7分

いつもありがとうございます!

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TAIJI

「せっかくだから人生楽しも。」をモットーに日々生活しています。 このサイトでは、関わって頂ける方が少しでも「人生ってやっぱり楽しいものだな」「せっかくだから楽しく生きていこう」そう思ってもらえるようなお話をお届けできればと思っています。 どうぞよろしくお願いします。